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岸上獣医科病院 古上裕嗣(こがみゆうじ)院長
近年人間の医療でも大きな注目を浴びている“再生医療”。
再生医療とは、体内に存在する様々な器官や臓器に分化する能力を持つ「幹細胞」を体外で培養して増やし、再び体に戻すことで傷害を受けている組織の再生を促すという最先端医療のこと。
この再生医療を動物の医療に持ち込んだ第一人者が岸上獣医科病院の先代院長、岸上義弘先生です。
岸上獣医科病院ではこの再生医療を椎間板ヘルニアや慢性腎不全などの治療に活かしており、周辺地域はもちろん、遠方からもこの治療を求めて通う愛犬家が引きも切りません。
そこで今回は、岸上先生のもとで経験を積み、現在は病院の院長として活躍する古上院長に、椎間板ヘルニアと再生医療についてお話を伺ってきました。
最新の治療法「再生医療」とは
(Olexandr Andreiko/shutterstock)
ーー再生医療を取り入れたきっかけは? どういったケースで再生医療を用いるのでしょうか。
古上院長:
ノーベル賞を受賞した「iPS細胞」などのワードを耳にしたことがある人も多いと思いますが、最近では人間の医療分野において再生医療が非常に注目され、実用化も急速に進んでいます。
もともと当院の岸上代表が、京都大学で再生医療の研究を続けたのちに再生医療をペット医療の分野に持ち込みました。
再生医療が適応となるのは、既存の治療では治らない難病と呼ばれる病気のほか、治療薬の副作用が強い場合に減薬を目的として使うケースがあります。
現在当院では、椎間板ヘルニアなどの神経障害や免疫疾患、整形外科疾患、慢性腎不全などを中心に幹細胞治療を実施しています。
ーー幹細胞療法とは具体的にどんな治療なのでしょうか。
古上院長:
当院では脂肪組織由来の間葉系幹細胞を用いて幹細胞治療を行なっており、この幹細胞を得るには全身麻酔下で手術を実施し、1立方センチメートル程度の大きさの皮下脂肪を取り出して2週間培養します。
体外で培養し増やした幹細胞を血管から点滴で身体に戻すと、幹細胞は傷ついた細胞が発するサインを見つけ、必要な場所に移動(遊走)し集積するという習性を持っています。
遊走した幹細胞は自身が神経細胞や骨細胞などに分化し得られる効果と、幹細胞が分泌するサイトカイン(生理活性物質)によって炎症を抑え、周辺組織を活性化させ組織の再生を促す効果があります。
これらの効果によって傷付いた組織を修復する治療が幹細胞治療です。
幹細胞治療には「自家(じか)」と「他家(たか)」の2種類がある
(Elena Krivorotova/shutterstock)
古上院長:
なお、幹細胞治療には「自家(じか)と他家(たか)」の2種類があります。
自家は自分自身の幹細胞を用いる方法で、他家は他の犬・猫から頂いた幹細胞を使う方法です。
他家幹細胞は培養後凍結保存し常にストックしてあるので、必要なときに解凍し、即日投与することが出来ます。
他人の細胞を入れることに不安を抱く方が多いと思いますが、幹細胞は免疫細胞から逃れる術を持っており、拒絶反応を起こすことはありません。
しかし、他家幹細胞は投与された体内では生着出来ず、2〜4週間程度で体内から排除されると考えられていますので、治療の効果を少しでも高めたいと考えた場合、自家幹細胞の方がわずかですが効果が高いのではないかと考えています。
ただ、高齢、または状態が悪く麻酔のリスクが高い症例では、院内に凍結保存している他家細胞を利用することが多いですね。
他家ならば麻酔を掛けたり手術したりする必要がないのです。
ちなみに当院の場合、他家細胞は避妊手術などで来院された1歳未満の犬・猫から、飼い主さんの協力を得て提供していただいています。
ただ善意のご協力なので、時にはストックが尽きてしまうこともあるんですよ。
ヘルニアグレード4以上でも幹細胞のみで治療が可能
(Anna Hoychuk/shutterstock)
幹細胞治療を実施するにあたっては、病気の確定診断が重要となります。
例えば幹細胞による椎間板ヘルニア治療を行う場合、必ずCT・MRI検査を行ってもらい確定診断をしてからとなります。
その理由として、椎間板ヘルニアと同じような症状の病気は他にもあり、特に腫瘍が関わっている場合は幹細胞治療の適用にはならないからです。
また、ヘルニアのグレード(重症度)を1〜5に分類した場合、1と2は内科での治療、3は外科と内科両方考慮する、4以上は手術が必要というのが一般的ですが、4以上でもCT・MRI検査の結果、症状は重度だけれども病態の中心が炎症であるものには、手術は必要なく幹細胞のみで治療が可能で、より低侵襲な治療が可能なのです。
当院では、MRIを撮れる病院と提携し、再生医療と組み合わせることで、脊椎・脊髄の大きな手術を回避することが出来るようになりました。
岸上代表も「昔は麻痺が重度だったら、何でもかんでも手術していた。深く反省している」と申しておりました。
ちなみに、幹細胞の1回投与量は患者の体重によって調整し、投与回数は他家幹細胞では1~2回、自家幹細胞では1週間おきに3回投与することが多いですが、投与回数は病気や症状によって変わります。
発症後なるべく早く治療を行うことが幹細胞療法を成功させるカギ
(Patryk Kosmider/shutterstock)
ーー幹細胞治療のメリットとデメリット、また、フレンチブルドッグがヘルニアになりやすいといわれる理由を教えてください。
古上院長:
メリットは、やはりメスを用いた大きな手術をせずに済むので、犬の身体にかかる負担が軽いという点。次に1〜2回の投与で効果が得られるケースが多いという点でしょうか。
例えばフレンチブルドッグなど短頭種のオーナーさんは麻酔のリスクについての不安が大きいかと思いますが、たとえ手術ではなく幹細胞治療を選択した場合でも、CT・MRI検査によって椎間板ヘルニアかどうかを確定診断する必要があるために、麻酔そのものは必要となります。
一方のデメリットを挙げるとすれば、発症してから時間が経ちすぎていると効果が得られにくいこと。
椎間板ヘルニアは麻痺が出て2週間以上経過すると慢性化してしまうので、発症後なるべく早く治療を行うことが幹細胞療法を成功させるカギとなります。
治療費の目安は自家細胞3回で26万円、他家細胞1回で13万円
(Vantage_DS/shutterstock)
それと、最新の治療であるがゆえに、ペット保険に加入していても保険の適用外となることが多いのが現状ですね。
当院では自家細胞の場合3回の投与で26万円(脂肪採取料含む)、他家細胞の場合1回の投与で13万円を目安にしています。
また、フレンチブルドッグは椎間板ヘルニアになりやすい犬種と言われていますが、そもそもフレブルやブルドッグは無理な改良を重ねて今の姿を作ったという歴史があり、その弊害として先天的に骨の奇形を持つ子が多数います。
私が診察した体感としては、実にフレンチブルドッグの8割以上に椎骨の奇形がありました。そのため椎間板ヘルニアを発症しやすい傾向にあると言えますね。
これは同じくフレンチブルドッグにも多い「パテラ」と呼ばれる膝蓋骨脱臼でも同じですが、予防策としてはフローリング床に何か敷いて滑りにくくする、階段や段差の昇り降りをさせない、などが挙げられます。
さらなる新しい技術にも挑戦
(Anna Hoychuk/shutterstock)
ーーところで、最近さらに幹細胞治療の効果を上げる取り組みをなされているとか?
古上院長:
2019年の4月頃と本当につい最近なのですが、幹細胞の能力をさらに高めるナノ技術が登場しました。
スタチンと呼ばれる薬剤を、特殊な処理(ナノ粒子)をして幹細胞に取り込ませることで、幹細胞が従来持っている能力がさらに強化されるのです。
従来治療に難渋した猫の慢性腎不全も、このナノ粒子入りの幹細胞で治癒が見られる傾向にあります。
また、スタチンは人間の高コレステロール血症の治療薬にも使われている非常に一般的な薬ですが、それ以外にも抗炎症効果や血管新生促進作用が知られており、局所での相乗効果が期待できます。
病気を防ぐには、フードも重要。若くても半年に1度は血液検査を
(Shevs/shutterstock)
ーー最後に、椎間板ヘルニアをはじめ、様々な病気をいかにして予防すれば良いのでしょうか。
古上院長:
ヘルニアやパテラに関しては滑る床や階段の昇り降り、段差のジャンプといった生活環境に注意すること。
パテラはグレードが低く痛みなどの症状が無い場合であれば、特殊ストレッチで改善できる場合がありますので相談にいらしてください。
また、フードもちゃんと個々の体質に合ったものを選びましょう。安いフードは基本的にダメですが、高ければ良いというものでもありません。
フードはその子に合ったものを選ばなければ、肝臓や腎臓の数値が上昇したり、体に影響が出てきます。
それに気付いてあげられるのは、やはり定期的な血液検査です。当院では半年毎に健康診断キャンペーンを実施し、若い子でも半年に1度は血液検査をする事を勧め、病気の早期発見に心がけています。
あと、ちょっとした違和感を愛犬に感じたらすぐに病院に来て頂くこと。
オーナーさんが一番愛犬のことをよく見て知っていますから、違和感を感じたのであれば、やはりいつもと比べて何かがおかしいということなんです。
今はスマホですぐに写真や動画を撮影できるので、普段と違う動きや様子をしていたら画像に残し、獣医に見せるのがオススメです。
全国の獣医やオーナーから支持される理由
(Koy_Hipster/shutterstock)
ペット医療界における再生医療のパイオニアとして知られる岸上獣医科病院。
ここでは再生医療をはじめ、動物が持つ自然治癒力をサポートし、クオリティオブライフ(QOL)を追求した各種治療が受けられるだけでなく、セカンドオピニオンを得られる獣医としても全国の獣医と飼い主から厚い信頼を得ています。
実際に院長にお話を伺っている際も、分かりやすいよう図に描きながら病気の説明をしてくださるなど、ペットとそのオーナーに寄り添った丁寧な説明が印象的でした。
なお、随時椎間板ヘルニアの治療に関する相談も受け付けており、2ヶ月に1度は院内でオーナー向けの様々な勉強会(詳細は随時HPにて告知。無料、要予約)を実施しているとのことなので、お近くであれば是非参加してみてはいかがでしょうか。
院長プロフィール
古上裕嗣(こがみゆうじ)院長
日本獣医再生医療学会所属。
帯広畜産大学獣医学科を卒業後、現在に至るまで岸上獣医科病院にて勤務し、うち2015年から2017年までは北摂夜間救急どうぶつ病院にて夜間勤務も兼任。
学生時代に現代表である岸上先生の治療の考え方に感銘を受ける。
また、ご自身も大の愛犬家であり、現在の相棒はミニチュアシュナウザー、先代の相棒はボストンテリアだったそう。
病院DATA
岸上獣医科病院
大阪市阿倍野区丸山通1-6-1
06-6661-5407
受付時間 9:00〜12:00、17:00〜19:00
HP http://www.dr-kishigami.com/
休み 日曜、祝日